ACC診療ハンドブック

解説編

血液・体液曝露事故(針刺し事故)発生時の対応

Last updated: 2015-02-25

要点
  • 適切な曝露後予防内服により、事故によるHIV感染リスクをほぼゼロにできる
  • まず落ち着いて、曝露部位を大量の流水と石けん(眼球・粘膜への曝露の場合は大量の流水)で洗浄する
  • 予防内服の必要性を判断し(表2)、必要と判断されれば速やかに内服を開始する
  • 従来の「拡大レジメン」に相当する多剤併用が推奨される(表3)
  • 実際の流れは表1を参照
  • 万一の事故発生に備え、院内の針刺し事故対策を整備しておくことが重要
  • 事故を起こした職員のプライバシーにも配慮する
  • HIVのみでなくHBVやHCVも考慮して対応する

はじめに

 医療行為を行う限り、針刺し事故をはじめとする体液への曝露事故を完全に回避することは不可能である。HIV曝露事故への対応を考える前提として、HIVはHBVやHCVと比較してその感染力は極めて弱く、針刺し事故において全く予防内服を行わなかった場合でも感染確率は0.3%程度であること、世界的にも職業的曝露によるHIV感染が確実である例は少ない(多剤併用による曝露後予防が行なわれるようになってからはほとんど発生していない)という事実はしっかりとおさえておきたい。万一の曝露事故発生に備えて、希望に応じて速やかに抗HIV薬の予防内服を開始できる体制を、各医療機関で確立しておくことが重要である。専門的判断を求めるために、近隣のエイズ治療拠点病院の所在地と連絡先を確認しておく必要がある。

HIV曝露事故後の感染リスク

 曝露後予防内服(Post-Exposure Prophylaxis; PEP)を全く行わない場合の感染率は、針刺し事故の場合で0.3%(0.2-0.5%)、粘膜曝露の場合で0.09%(0.006-0.5%)とされている 。血液以外の体液の曝露に関してはデータに乏しいが、これよりも感染リスクは低いと考えられる。皮膚面への曝露については、皮膚表面に傷がある場合理論的には感染リスクがあるが、その確率はほぼゼロに近いと想定される。

適切な曝露後予防内服(PEP)を行った場合の感染リスク

 AZT単剤によるPEPでも感染リスクを80%以上低下させることが示されている1)。2005年の米国公衆衛生局ガイドライン2)で推奨されている2剤ないしは3剤を併用した予防内服ではより高い感染阻止効果が期待され、実際に米国における2010年12月時点までのサーベイランス2)でも、1999年以降職業的曝露によるHIV感染が確定した例は1件も報告されていない(職業感染の可能性を否定できない例は2009年に報告されている)。

曝露後予防の実際

 まず、曝露部位を多量の流水と石けん(眼球・粘膜への曝露の場合は大量の流水)で洗浄することが重要である。受傷部位から血液を絞りだそうとする試みや、曝露部位への消毒剤の使用などは、有効性が証明されておらず、PEP開始までの貴重な時間を失うことになるため推奨されていない(表1)。

表1 曝露事故発生後直ちに行うこと

 事故の状況によっては、曝露源がHIVに感染しているかどうかが分からない場合や、事故者が責任者と連絡がとれない場合がある。PEPにおいては曝露後可能なかぎり速やかに初回内服を開始することが重要であるため、リスクが高いと判断される場合には曝露源のHIV検査結果を待たずに事故者の判断でPEPを開始してよい。事故者の判断で予防内服を開始した場合でも、責任者と連絡をとるための努力は継続する。

 本邦では長らく、2005年の米国公衆衛生局ガイドライン2)に準じて「基本レジメン」(2剤併用)・「拡大レジメン」(3剤併用)のいずれかを選択し、推奨薬剤リストの中から予防内服薬を選択するという方法が取られてきた。しかし、治療の領域においては3剤併用の方がNRTI 2剤のみの併用よりHIV抑制効果に優れるのは明らかである。抗HIV薬の改良により副作用が軽減されたこともあり、職業的曝露後のPEPにおいてもあえて基本レジメンを選択する必然性は薄れていた。

 2013年8月の米国ガイドラインの改訂3)において、PEPの適応となる場合には(「基本レジメン」「拡大レジメン」の場合分けを撤廃して)3剤以上の抗HIV薬を併用することを推奨するという大きな変更が加えられた。推奨薬剤は「ラルテグラビル(アイセントレス錠)」と「テノホビル+エムトリシタビン(ツルバダ錠)」の組み合わせのみに単純化され、他に複数の組み合わせが代替レジメンとして記載されている。厚生労働省研究班の抗HIV治療ガイドライン(2014年3月版)でも、米国ガイドラインを紹介する形で多剤併用レジメンを推奨している。

 当然ながらガイドラインには公表時点以降に使用可能となった抗HIV薬に関する言及はないが、理論的にはHIV感染者の治療の際に推奨される抗HIV薬の組み合わせはPEPにも有効であると考えられ、予想される副作用や薬物相互作用も考慮したうえで推奨薬剤が決定される。PEPが必要と考えられる臨床状況を表2に、推奨されている薬剤の例を表3に示す。

 特定の臨床状況(表4)では専門家との相談が必須であるが、相談のためにPEPの開始が遅れることがあってはならない。

 

表2 曝露後予防内服が推奨される臨床状況(USPHS 20133)

 

表3 曝露後予防内服の組み合わせ(USPHS 20133)

 

表4 専門家との相談が必要な臨床状況

曝露後予防の経過観察

 HIV曝露後予防に関する経過観察は以下の4点、(1) 曝露時点(ベースライン)、(2) 曝露後6週、(3) 曝露後12週、(4) 曝露後6ヶ月、で行うことが推奨されている*。検査項目には、HIVスクリーニング(+他の血液媒介感染症の検査)に加え、全血球算定CBC、腎機能検査、肝機能検査が含まれる。
 2013年の米国ガイドライン3)では、経過観察に第4世代HIVスクリーニング検査(抗原・抗体スクリーニング)を用いる場合には経過観察期間を4ヶ月に短縮することも可能(曝露時点・6週・4ヶ月)と記載されている。

* HIV/HCV重複感染者由来の事故によりHCV感染が成立した場合には、より長期(12ヶ月)の経過観察が推奨されている。

その他

 HIVへの曝露事故は、事故者にとって大きな精神的負担となる。事故対応(HIV検査・PEP薬処方・報告書管理など)に際しては、事故者のプライバシーに関しても高度の配慮が必要である。
 なお、平成22年9月9日付の厚生労働省健康局疾病対策課長通知(健疾発0909第1号)により、曝露後予防内服は労災保険の給付対象となった。

資料

 東京都福祉保健局のマニュアル(日本語)をダウンロード可能です。自治体毎に状況は異なると思われますが、現場での判断や体制整備の参考となる資料です。
 また、厚生労働省研究班の抗HIV治療ガイドライン内にも曝露後予防内服に関する詳細な記述がありますので、ご一読をお勧めします。

参考資料
  1. Cardo DM, et al. A case-control study of HIV seroconversion in healthcare workers after percutaneous exposure. N Engl J Med 1997;337:1485-90.
  2. Updated U.S. Public Health Service Guidelines for the Management of Occupational Exposures to HIV and Recommendations for Postexposure Prophylaxis. MMWR 54, RR-9, 2005.
  3. Kuhar DT, et al. Updated U.S. Public Health Service Guidelines for the Management of Occupational Exposures to Human Immunodeficiency Virus and Recommendations for Postexposure Prophylaxis. Infect Control Hosp Epidemiol 2013;34(9):875-92.
  4. Surveillance of Occupationally Acquired HIV/AIDS in Healthcare Personnel, as of December 2010.
  5. HIV Clinical Resourse (New York State Department of Health AIDS Institute)
    UPDATE: HIV Prophylaxis Following Occupational Exposure (Updated October 2012)