ACC診療ハンドブック

解説編

初回抗HIV 療法の開始時期と薬剤選択

Last updated: 2015-05-01

 初回抗HIV療法の開始時期と薬剤選択については各種ガイドラインが存在する。日本でしばしば参考にされるのは米国のガイドラインおよびHIV感染症治療研究会による「HIV感染症治療の手引き」であり、いずれもウェブサイトより参照・ダウンロード可能である(本稿末尾にURLを記載)。
 知見の集積に伴いガイドラインは随時改訂されるため、実際の治療導入にあたっては最新のガイドラインを参照いただきたい。本稿では、ガイドラインの記載を解釈するヒントを中心に述べる。

初回抗HIV療法の開始時期


1. 日和見疾患を発症していない場合

 強力な多剤併用療法(Highly Active Antiretroviral Therapy; いわゆる「ART」)が可能となった1996年頃からしばらくの間は、体内からHIVを排除することを目標として、早期に治療を導入することが推奨されていた(”Hit early and hard”)。しかし、1) 長期にわたり良好なウィルス抑制状態を維持した場合でも治療中断によりウィルスが再度血中に出現すること、2) これは感染後早期に潜伏感染細胞(リザーバー)が生ずるためであり、現在の治療戦略で体内からHIVを排除することは不可能であること、などが明らかとなった。その後は、薬剤の長期毒性やQOLの低下、薬剤耐性獲得の危険を考慮して、CD4数200~350/µLとなるまで治療開始を待つ戦略(”Wait and see”)が主流となった。
 しかし、エイズ発症の危険性がそれほど高くないと考えられるCD4数200/µL以上の領域であっても、未治療あるいは治療中断の患者では治療を行っている患者と比較して、動脈硬化性疾患やAIDS指標疾患に含まれない悪性腫瘍、認知機能障害などの様々な疾患が増加し、全死亡も増加することが明らかとなった(SMART試験1)、NA-ACCORD試験2))。これら非AIDS合併症は、免疫不全に加え持続的ウィルス血症に伴う慢性炎症を反映したものと考えられている。抗HIV薬の効果と安全性、服薬の簡便性の向上もあり、「免疫不全に対して」ではなく「ウィルス血症のコントロールのために」抗HIV療法の早期導入が推奨されるようになった(表1)。感染者に対する早期抗HIV療法導入(Treatment as Prevention)が未感染パートナーへのHIV感染リスクを低下させることも実証され(HPTN 052試験 3))、早期治療の流れに拍車がかかっている。2011年時点では多くの先進国のガイドラインがCD4数350~500/µLでの治療開始を推奨していたが、2012年以降の米国DHHSガイドラインは、(CD4数により推奨度に差はあるものの)CD4数に関わらず全例が抗HIV療法開始の適応としている。
 ただしこれらの推奨はいずれも、抗HIV薬を30年以上の長期にわたり投与継続できるという前提に基づいている。現在のような多剤併用療法が行われるようになって20年が経過したのみであり、今後予想もしていなかったような長期毒性が問題化する可能性もある。日本においては身体障害者手帳取得の問題もある。「CD4数が非常に高い場合でも治療開始が望ましい症例がある」ことと「CD4数に関わらず全例で治療を開始すべきである」ことは同じではない。日本においても今後治療開始基準がさらに前倒しされることが予想されるが、単純にCD4数だけで判断するのではなく、個々の症例における利益・不利益を慎重に検討することがますます重要となるだろう。

表1 抗HIV治療の開始時期の目安
(厚生労働省研究班 抗HIV治療ガイドライン, 2014年3月)

 

2. 日和見感染症を発症している場合

 エイズ指標疾患、あるいはそれに準ずる日和見疾患を発症した症例は基本的に全例が抗HIV療法導入の適応となるが、適切な抗HIV療法開始時期については議論がある。早期に開始した場合、細胞性免疫能の早期回復による利益が期待されるが、薬剤の副作用や相互作用、免疫再構築症候群の問題が生じうる。結核に関しては、DHHSガイドラインでは、結核治療開始後8週間以内に抗HIV療法を開始すること、特に200/µL未満の場合には、結核治療開始後2~4週間以内に抗HIV療法を開始することを推奨している。ニューモシスチス肺炎・クリプトコッカス髄膜炎・細菌感染症の282例を対象に行われたACTG 5164試験 4)では、14日以内の抗HIV療法開始により抗HIV療法の有効性を減ずることなくAIDS発症・死亡の危険を低下させたとの結果が得られ、これを受けて抗HIV療法開始時期が早期化する流れにある。ただしクリプトコッカス髄膜炎に関しては、早期ART開始が有意に死亡率を上昇させたとの報告が2014年になされた 5)
 当施設においては通常、特異的な治療法が存在しない日和見疾患(進行性多巣性白質脳症等)やリンパ腫に関しては可及的速やかな抗HIV療法開始、特異的治療が存在する日和見疾患の場合には初期治療完了後、あるいは初期治療による全身状態安定を待っての抗HIV療法導入を行っている。

3. 急性HIV感染症

 急性HIV感染症に対する抗HIV療法に関しては定まった意見がない(米国DHHSガイドラインでは急性HIV感染症も抗HIV療法の適応とされているが、全例を抗HIV療法の適応としているガイドラインであることを考慮する必要がある)。日本では身体障害者手帳取得の問題もあり、急性期の抗HIV療法導入は一般的ではない。ただし全身状態不良例や脳炎症状を呈する例に対しては、(慢性疾患としてではなく)重症急性ウィルス感染症に対する特異的治療として抗HIV療法を導入することは正当化されるであろう。

薬剤選択


1. 初回治療

 初回治療の場合、現在推奨されている組み合わせであれば、通常いずれを選択しても良好なウィルス抑制効果が得られる。抗HIV療法の目標は、検出感度未満にウィルスを抑制「し続ける」ことであり、これを達成できるか否かはどれだけ良好な服薬アドヒアランスを維持できるかにかかっている。服薬継続の困難さに関わる因子として、各薬剤の制限事項(1日の内服回数、1回の服用錠剤数、食後内服の必要性など)、自覚的・他覚的な有害事象が重要であり、薬物相互作用にも配慮が必要である。推奨される組み合わせの中から、各症例の特徴に最も合致すると思われる組み合わせを選択する。2015年4月時点の日米のガイドラインを参考に、日本人に対して推奨される初回治療薬の組み合わせの概略、および薬剤選択の際に参考となる各推奨薬剤の特徴を表2・表3にまとめた。
 米国DHHSガイドラインは日本のもの(通常年1回定時)より頻繁にアップデートされる傾向があり、最新動向についてはこちらが参考にされる場合が多い。日本と米国で推奨に差がある部分については、通常日本側に理由が明記されており、参考となる。

 なお日和見疾患の初期治療中あるいは初期治療完了後早期に抗HIV療法を開始する場合、免疫再構築症候群のため治療中断が必要となる場合がある。Efavirenzは他の薬剤と比較して血中半減期が長く、また比較的耐性変異が出現しやすい薬剤であるため、当センターでは治療中断(服薬/通院自己中断や合併症によるもの)が予想される臨床状況での選択を避けている。

表2 日本人に対する初回治療の際に主に推奨される薬剤
(厚生労働省研究班 抗HIV治療ガイドライン, 2015年3月)

薬剤の略称は抗HIV薬一覧を参照、
+rtv: 少量のRTVを併用、 /rtv: 少量rtvを含む合剤。
BID;1日2回内服。QD;1日1回内服。
*1. EFVは妊娠初期又は妊娠する可能性が高い女性には使用しない。
*2. HLA-B*5701を有する患者(日本人では稀)ではABCの過敏症に注意を要する。
ABC投与により心筋梗塞の発症リスクが高まるという報告がある。
*3. RPV/TDF/FTC、 EVG/cobi/TDF/FTC、DTG/ABC/3TCは1日1回1錠の合剤である。
*4. RPV、ATVはプロトンポンプ阻害剤内服者には使用しない。
*5. EVG/cobi/TDF/FTCはクレアチニンクリアランスが70 mL/min未満の 患者には開始すべきではない。

注(1): RPV + ABC/3TCは血中HIV RNA量が10万コピー/ml未満の患者にのみ推奨。ただし、DTG/ABC/3TCはその限りではない。
注(2): RAL以外はすべてQD。
注(3): 以下の薬剤は妊婦にも比較的安全に使用できる (DHHS perinatal guidelines 2014) ; TDF/FTC, ABC/3TC, ATV rtv, LPV/r。ただし、LPV/rを妊婦へ投与する際には、BIDを推奨。

表3 初回治療の選択肢となる各薬剤の特徴

2. サルベージ治療

 治療失敗の原因は必ずしも薬剤耐性とは限らない。服薬アドヒアランスが不良な状況で治療薬を変更しても、再び治療失敗に終わる可能性が高い。失敗の原因(表4)を明らかにし、是正可能なものは是正した上で、必要があれば最適な治療薬の組み合わせに変更する。2006年以降、複数の新規薬剤の登場により、薬剤耐性ウィルスに対してもサルベージ療法を組み立てることは以前より容易となったが、いずれの薬剤も単剤で長期間良好な抗ウィルス作用を維持することは難しい。治療変更にあたっては、有効と考えられる薬剤を少なくとも2種類、可能なら3種類以上同時に開始することが重要である。
 なお、薬剤耐性検査のうち通常行われるgenotype assayでは、過去に投与された(検査時点で投与されていない)薬剤に対する耐性ウィルスを検出できない場合がある。薬剤耐性検査の結果に加え、過去の治療(失敗)歴を詳細に分析することが必要である。

表4 治療失敗の原因と対策

 

ガイドライン
  1. 米国DHHSガイドライン http://www.aidsinfo.nih.gov/
  2. 厚生労働省科学研究費補助金エイズ対策研究事業 抗HIV治療ガイドライン http://www.haart-support.jp/
  3. HIV感染症 治療の手引き(HIV感染症治療研究会) http://www.hivjp.org/
文献
  1. Strategies for Management of Antiretroviral Therapy (SMART) Study Group, El-Sadr WM, et al. CD4+ count-guided interruption of antiretroviral treatment. N Engl J Med. 2006 Nov 30; 355(22): 2283-96.
  2. Kitahata MM, et al. Effect of Early versus Deferred Antiretroviral Therapy for HIV on Survival. N Engl J Med 2009;360(18):1815-1826.
  3. Cohen MS, et al. Prevention of HIV-1 infection with early antiretroviral therapy. N Engl J Med 2011;365(6):493-505.
  4. Zolopa AR, et al. Early Antiretroviral Therapy Reduces AIDS Progression/Death in Individuals with Acute Opportunistic Infections: A Multicenter Randomized Strategy Trial. PLoS One 2009;4(5):e5575.
  5. Boulware DR, et al. Timing of Antiretroviral Therapy after Diagnosis of Cryptococcal Meningitis. N Engl J Med 2014;370:2487-2798.